⁂館ヶ丘団地・職人の戯言⁂

お母さんは命懸けであなたを産みました・この世に産んでくれてありがとう・
親を愛し尊敬するする者は人を憎むことは無い・親を慕うものは、人を毛嫌いすることは無い・
命はたった一つのもの・数えてはいけない・      

<村上 啓夫が掲載されていた>

  <中央が父親18歳~右が伯父23歳> 満鉄に出かける前の写真らしい・・



昨日の投稿<早川書房>で・経堂の伯父が気になり・・
 まさかと思いながら・・グーグルで検索すると出てきた。


 村上 啓夫(むらかみ ひろお)・・1899~1969年)は、日本の翻訳家。東京外国語大学英米語学科卒業。
 大正期から、ノンフィクション、推理小説などを訳した。
 除籍謄本で確認すると・・本名は<村上 泰雄>


 著書[編集]
マゼラン 講談社 1954(世界伝記全集)
 少年少女世界伝記全集 1(アメリカ編 1) ピアリー 講談社 1960


 翻訳[編集]
メイ・フラワア号 ブラスコ・イバネス アルス 1924
 麺麭を求めて シェンキウヰッチ アルス 1925
 性と性格 オツトオ・ワイニンゲル アルス 1925
 世界大思想全集 第45巻 社会理論 コール 社会改造の原理 ラッセル 春秋社 1929
ダーウィン全集 第8 人間及び動物の表情 白揚社 1938
 鋼鉄王クルツプ ウイルヘルム・ベルドロー 生活社 1939
 東方への空の旅 リンドバーグ 育生社弘道閣 1942
 世界大戦回顧録 ロイド・ジョージ 内山賢次、片岡貢共訳 改造社 1940~
 海底二万里 ジュール・ヴェルヌ フタバ書院成光館 1943
 神々の座 印度・西蔵紀行 ヘルベルト・ティヒー 鎌倉書房 1944
 日本を観る ジョン・ラサーダ 鎌倉書房 1946
新版千一夜物語 ロバート・ルイス・スティーヴンスン 鎌倉書房 1948
 暁を見ずに ステヴァン・ハヴェラナ 牧書房翻訳室 1950
 勇敢な人々 第2第二戦線の前夜 アーニー・パイル 牧書房翻訳室 1950
 水郷物語 マージョリ・キナン・ローリングス 早川書房 1951
 六人の偉人物語 ナサニエル・ホーソン 東洋書館 1952(こども図書館)
 少年デヴイツド物語 R.L.ステイヴンスン 双葉書房 1952
ゼンダ城の虜 あるイギリス紳士の生涯における三ケ月の物語 アントニー・ホープ 日本出版協同 1953
 自殺倶楽部 R.L.スティーヴンソン 日本出版協同 1953
デイン家の呪 ダシール・ハメット 日本出版協同 1953
 私たちは孤独ではない ジェイムズ・ヒルトン 早川書房 1954 のち文庫
 忘られぬ死 アガサ・クリスティー 早川書房 1954
 地底旅行 ジュール・ベルヌ 講談社 1955(世界名作全集)
 犯行以前 フランシス・アイルズ 早川書房 1955 改題「リナの肖像」
 樽 F・W・クロフツ 早川書房 1957(世界探偵小説全集)
ポアロのクリスマス アガサ・クリスティー 早川書房 1957 のち文庫
マゼランと少年 ケント 講談社 1958(少年少女世界探検冒険全集)
マンハッタンの悪夢 トマス・ウォルシュ 東京創元社 1959
マルタの鷹 ダシール・ハメット 東京創元社 1959 のち文庫
 快盗ルビイ・マーチンスン ヘンリイ・スレッサー 早川書房 1960のち文庫
 炎のなかの絵 ジョン・コリア 早川書房〈異色作家短篇集第6巻〉 1961
 静かな日の情事 ヘンリー・ミラー 世界セクシー文学全集 第10 新流社 1961
EQMMアンソロジー 第1 エラリー・クイーン 早川書房 1962
 迷宮課事件簿 迷宮課シリーズ1 ロイ・ヴィカーズ 小倉多加志、吉田誠一共訳 早川書房 1962 のち文庫
 老女の深情け 迷宮課シリーズ2 ロイ・ヴィカーズ 早川書房 1962
グリーン家殺人事件 田中潤司共訳 世界推理小説大系 東都書房 1963
 英雄 チャールズ・リンドバーグ伝 ケニス・S.デイヴィス 早川書房 1966(ハヤカワ・ノンフィクション)
 運命の衝撃 南太平洋、未開と文明の邂逅 アラン・ムーアヘッド 早川書房 1967(ハヤカワ・ノンフィクション) のち文庫
クリシーの静かな日々 ヘンリー・ミラー 二見書房 1968
 勇敢な人々 ヨーロッパ戦線のアーニー・パイル アーニー・パイル 早川書房 1969
海の鷲 L.トーマス フジ出版社 1969


 驚いた・・驚いた・
伯父は・一中~ 一高~ 東京外語大学卒業・・
一高の1年生・・小生の父親が青南小学校6年生の時に父親が急死した。


 伯父はどのような手段で外語を卒業したのか分からぬが・・父親は青山の斎藤病院の書生になり18歳で工科学校(工学院)を卒業して<満鉄>に就職した。


戦前は・翻訳の仕事は経済的に恵まれず・病弱な伯父一家は我が家(阿佐ヶ谷)の近くの天沼で借家暮らし・・


中島飛行機に部品を納入していた父親が援助していたようだ・・
昭和18年伯父一家と暮らしていた祖母も天沼の自宅で亡くなった。


 昭和44年に亡くなるまで・時どき経堂に出かけたが・いつも自宅で書き物をしていて・外出するのを見たことがなかった。


 父親が長期に入院していて昭和31年亡くなるまで・一度も見舞に来たことがなく・いつも邦子伯母さんが出かけてきた。


 伯父さんの翻訳本等を見ると・・<早川書房>が大半で・・口癖の<早川>創業者と懇意だったみたい・・





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