⁂職人の戯言⁂

お母さんは命懸けであなたを産みました・この世に産んでくれてありがとう・
親を愛し尊敬するする者は人を憎むことは無い・親を慕うものは、人を毛嫌いすることは無い・
命はたった一つのもの・数えてはいけない・      

<一般参賀1>

早朝知人と行き合った。
何処へ行くの・聞くと‥初めて皇居に行ってくる。


今日は一般参賀・平成天皇最後の舞台・
お天気も良く多数の国民が出かけると想像される・


小生は、参賀ではないが小学性の時に父親と皇居見物に言った記憶がある。
父親の考えでは・・
昭和天皇は戦争の責任で・英仏ロシアは退陣要求・米国のマッカーサー元帥が反対して留任になった。
弟皇族たちは・海軍出身で、不戦を決意した日本国で<再軍備の危険がある>との理由で
だった。
<熊沢天皇>の件も・真偽はわからぬが・南朝の系譜なら正統を主張するものが出てもおかしくない。


後醍醐・後村上天皇のころ・・足利尊氏が北朝を擁立・・今上天皇はどちらの・・
こんな発言をしたら戦前なら不敬罪で逮捕かな?


楠公の歌
-桜井の訣別-


1.青葉茂れる桜井の  里のわたりの夕まぐれ
  木(こ)の下陰に駒とめて  世の行く末をつくづくと
  忍ぶ鎧(よろい)の袖の上(え)に  散るは涙かはた露か


2.正成(まさしげ)涙を打ち払い  我が子正行(まさつら)呼び寄せて
  父は兵庫に赴かん  彼方(かなた)の浦にて討ち死せん
  汝(いまし)はここまで来つれども  とくとく帰れ故郷へ


3.父上いかにのたもうも  見捨てまつりてわれ一人
  いかで帰らん帰られん  この正行は年こそは
  未だ若けれ諸(もろ)ともに  御供(おんとも)仕えん死出の旅


小学生がこんな話をするので・たまげて校長先生が我が家に度々来ていた。
神武・すいぜい・安寧・いとく・こうしょう・安寧・こうあん・・
124代すらすら・・とんでもないとガキがいたものだ・・




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