⁂職人の戯言⁂

お母さんは命懸けであなたを産みました・この世に産んでくれてありがとう・
親を愛し尊敬するする者は人を憎むことは無い・親を慕うものは、人を毛嫌いすることは無い・
命はたった一つのもの・数えてはいけない・      

<ポケベル終了>


TVのニュースで、<ポケットベル終了>が報じられた。
子供たちまでスマホを操る昨今・ポケブルが生き残っていたのにたまげた。


昭和43年23区で700台でスタートして・・しばらくしてから多摩地区でも始まった。国立市で開業していた小生は即申し込んだ。


番号は忘れたが<第1陣で<0425-XX-0020
家庭からポケベルに連絡があると近くの公衆電話を探して即連絡した。
遠方に出かけた時など家庭に戻らなくても用事が済み効率が上がった。


数年後。転送サービス会社が始まり・会社名で電話の受信・代行業務が一気に広がった。
多くの一人社長が利用して業務が拡大した。


昭和50年代後半・八王子市でも自動車電話の使用が始まった・
トランクに設置されたv通信機と合体するとショルダー型として持ち歩けた。


小生が申し込んだ時は、市内でも100台くらいが走っていた。
難点は保証金が20万円、加入料が8万円 、基本料金が月々約3万円もかかり・長電話をした月などは・・目の玉の飛び出るような請求書がきた。
数年して競合会社が登場・・通信料も下がり普及した。


自動車電話もアナログ方式がなくなりデジタルに変更した時点で終了した。


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