⁂MR職人の戯言⁂

お母さんは命懸けであなたを産みました・この世に産んでくれてありがとう・
親を愛し尊敬するする者は人を憎むことは無い・親を慕うものは、人を毛嫌いすることは無い・
命はたった一つのもの・数えてはいけない・      

<弟の誕生日>


小生は昭和15年12月27日生まれ・戦前は<数え年>でしたので、僅か5日で2歳になりました


 弟が、昭和17年1月7日に生まれ・小柄な私は3歳 (1年12日)で、お兄ちゃんになった。


 元気でいたら本日・弟は75歳になるはずでした。


 母親の実家で夏休みを過ごした兄弟は、昭和23年8月下旬・帰京の準備を始めた時に最初に小生が<腸炎から疫痢>に罹患し、次弟に感染しました。


 医師の懸命の手当の効なくあっけなく一晩で次弟が亡くなりました。


 次弟を犠牲にして、幸いに一命をとりとめた小生は、幼少時から今日まで次弟を背負って生きてきています。


 魔訶不思議なことだが・・当時小学校2年生だった小生は・<弟>の記憶が全くない。


 教会での葬儀の写真を眺めていても思い出せない.


 病弱の父親が、昭和31年5月に52歳で5なくなり・墓参に行った時に母親が、


あなたは、洋二(弟)が、死んでから1年くらいの間は<夢遊病者>みたいになって・・


屋外では、元気に遊び歩いているのに何を聞いても<上の空・・喜怒哀楽がはげしく> すごく心配した。


 <お医者さんや牧師さん>たちから、3人兄弟の長男で<責任感>が、強かったのでショックが大きかったんだろう・・


時間が解決するから・構わずほっとけ・と、助言されたそうだ・・


4年生に進級する頃には、元通りになったようだが・幼児の頃の記憶がすべてなくなっていた。


 小生の手帳には・特別に何もしないが忘れないように記載している


10月21日~父・泰通114歳  5月11日~61年


 3月24日~ 母・和子107歳  7月7日~26年


 1月7日~  弟・洋二75歳   8月26日~69年


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